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普段世の中で起きている出来事やニュースなどについて、思ったことを書いています。また、身の回りの出来事についても、日記代わりに書いています。

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ストーカーや性犯罪者にはGPSチップを埋め込んで、位置情報を一般公開しろ!

若い女性がストーカーに殺されるという悲しい事件がまた起きた。
これは絶対に防げた事件で、人災といっても過言ではないだろう。
今回の事件でも、殺された女性は何度も警察に相談している。
警察は事件が起きないと何も動かない。
過去にこのストーカーが殺された女性に暴力を振るったとかで、半径XXm以内には近づか無いように誓約書まで書いていた様だが、異常人格のストーカーがそんなことを遵守するはずも無く、犯行に及んだのである。
今のIoTの時代、この手の犯罪は簡単に防げる。
ストーカー事件や性犯罪を犯した犯人には、GPSのチップを身体の中に埋め込むのである。
そして、その位置情報を、被害者やその親族、また犯人の住むエリアの住民たちに公開するのである。
特に被害者やその親族に対しては、犯人が所定の距離よりも近づいた時点でアラームを知らせるのである。
こんなことはやろうと思えばすぐにでもできる話である。
ではなぜできないかというと、日本には、被害者よりも加害者の人権を大切にしようとする馬鹿法律学者が大勢いて、このようなことを行おうとすると、加害者の人権問題だと大騒ぎをするのである。
普通の常識で考えれば、嫌がる女性を追い回すストーカーや性犯罪を犯すような危険人物は、即刻刑務所にでも隔離してもらわないと、一般市民が安心して普段の生活を送れない。
とはいえ、危険性があるからという理由だけで刑務所に隔離するということこそ人権問題なので、自由に一般社会の中で生活させてやる代わりに、まわりの一般市民が安心できるように、危険人物の居場所を常にチェックできるようにするだけの話である。
そもそもGPSチップを埋め込まれたくなければ、ストーカー的な行動や性犯罪を起こさなければ良いだけの話で、何も難しい要求ではない。
こんな簡単なことも守れないほど異常な人物なのだから、チップを埋め込まれても仕方が無いと考えるのが普通の常識的な判断だろう。
ところが、異常に加害者の人権だけを尊重する馬鹿法律学者は、被害者よりも加害者の人権や自由を保護することしか考えない。
こいつらの頭の中は全く予想ができないので、歩み寄りたくてもどう歩み寄れば良いのか全く想像がつかない。
こんな事実が世界中に知られてしまったら、世界中の性犯罪者たちが日本に移住してくるだろう。

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鹿島アントラーズと湘南ベルマーレが絶不調なので、Jリーグを観ても全く面白くない。

この2,3ヶ月、Jリーグの試合を見ていても全く面白くない。
理由は、鹿島アントラーズの不調と、湘南ベルマーレのJ2降格決定である。
鹿島アントラーズに関しては、7月に1stステージの優勝を決めた時に、このブログでこうなる不安を書いたのだが、そのとおりの展開になっている。
選手達のインタビューなどでは、1sttステージの優勝で気を緩めることなく、2ndステージも優勝して勝ち点の年間首位を狙うと言っていたが、実際は、球際の攻防などで、どうしても気の緩みが出てしまい、遠藤や西などの怪我人が出たこともあり、全く得点力が低下して勝てなくなってしまった。
主力メンバーの怪我人が戻ってくれば勝てるようになるだろうと思っていたが、先週と先々週の試合を見ていると、遠藤や西が復帰したにも拘らず、得点力は相変わらずで、連敗をしてしまった。
大宮が好調で、下手をすれば、勝ち点で年間3位の座も奪われそうな状態まで落ち込んでいる。
今週が2ndステージの最終節で、年間チャンピオンを決めるシリーズまでの間に調子を取り戻すチャンスも無い。
久しぶりにリーグ戦のタイトルを獲れるかもしれないと期待していたのだが、年間勝ち点で上位に立っている浦和や川崎に勝てる気がしない。
天皇杯も4回戦の神戸戦に負けるだろうし、今年は無冠に終わりそうである。
やっぱり、カイオが抜けたことが大きすぎた。
もっと悲惨なのが湘南ベルマーレで、2ndステージはほとんど勝っていない。
先週末のホーム最終戦で勝ったが、確かそれがホームでの初勝利だったはずである。
私も今年は一度も平塚のBMWスタジアムには足を運ばなかった。
「湘南スタイル」と言われる、とにかく相手よりも走って、相手を圧倒して勝ちきろうと言う戦い方を貫いたのだが、悲しいかな、最後の決定力が低く、失点を上回るほどの得点が獲れなかった。
昨年なんとかJ1に踏みとどまり、今年も楽ではないが何とかJ1に残留してくれるだろうと信じていたのだが、2ndステージは全く勝てず、勝ち点が全く伸びなかった。
結果として、2試合を残した時点でJ2降格が決定した。
先週末のホーム最終戦終了後、球団関係者・監督以下のスタッフ・選手一同がサポーター達に対して挨拶をしたが、球団社長は、来年以降も「湘南スタイルを貫く」と宣言していた。
サポーターの多くは拍手を送っていたが、私は正直違和感しか感じなかった。
「湘南スタイル」を貫いた結果が、J2降格だったのである。
J1では通用しないことが証明されたのだから、一刻も早く戦略を見直し、戦力補強についても考え方を変える必要が有ると思う。
まぁ、開幕前に主力選手が強豪チームに引き抜かれてしまったことも大きな痛手だったことは認めるが、それはどのクラブにも起こり得る話で、ベルマーレだけが被った話ではない。
監督の話では、この2年間に50名もの選手がベルマーレを離れて行ったらしい。
ということは、7割近い選手が入れ替わったことになる。
となると、「湘南スタイル」を馬鹿の一つ覚えのように固執することは、まともな戦略とは思えない。
資金力の無いベルマーレが、自分たちの目指す戦い方にフィットした選手を確実に獲得できるとは思えない。
即ち、戦術のために欲しい選手をとるというよりは、金銭的に獲れる選手しか獲れない状態だと思うので、集まった選手たちで実現できる戦術を考えなければならないのに、何が何でも「湘南スタイル」だと言ったところで、実際にピッチ上で戦うのは選手達なので、話に無理がある。
私としてもクルマで20分程度のところにあるクラブなので、何とか1年でJ1に復帰して、また夢を見させてもらいたいものである。


石巻市の大川小学校の避難問題訴訟、誰が勝っても誰も喜ばない悲しい裁判である。

石巻市の大川小学校の震災時の避難問題に関する訴訟だが、報道を聞いていて非常に虚しさを感じた方が多いのではないだろうか?
東日本大震災で起きた津波で子供を亡くされた親たちが、小学校を相手にして避難誘導のまずさで子供たちが大勢亡くなったのだと主張して損害賠償の訴訟をしたのである。
正確に言えば、被告は市である。
あの震災さえなければ、のどかな地方の町の住民と教員の関係が、一瞬にして被告と原告になって戦っているのである。
誰が悪いと言うわけではないに、本当に悲しい現実である。
訴えを起こした原告の親達も、賠償金が払われたところで、無くなった子供が戻ってくるわけではなく、勝っても虚しい結果が待っていることは分かった上での裁判だと思う。
どんな結果が出ても誰も幸せになれない裁判と言う感じがして、非常に虚しさを感じた。
原告の親達は、せめて、自分の子供たちの死を無駄にしないように、あの時のことを検証して、同じような悲しいことが起きないようにしてほしいと思っているのだろうが、昔から言われるように、「天災は忘れた頃にやってくる」のである。
何十年も前に、実際に大津波の被害を受けた地域であるにも拘らず、長い年月の間に、大津波の悲惨な経験は風化してしまい、住民の間には油断が蔓延し、残念ながら同じような大きな被害を受けてしまったのである。
今回の悲しい被害を何十年もに渡って風化させないでおくことは不可能だろう。
場所によっては高台移転を断行した地域があるが、これは実効がある大英断で、百年先になっても賞賛される大事業だと思う。
それをやらなかった地域は、残念ながら、何十年か先には、同じ被害を受けてしまうだろう。
昨日の地裁の判決で気になったのは、裁判長が「大きな津波が来ることが予見できたはずだ。」と決め付けていたことである。
何度か役所の放送や、避難を勧告する車が呼びかけを行っていたので、大きな津波が来ることは予見できたと言っているが、それは、後になって考えればそうかもしれないが、教員達だって、生まれて今までに一度も見たことが無い大津波が来るなんて想像もできなかったと私は思う。
そこそこの津波は来るかもしれないと言う認識だったはずで、実際に、大津波が来る直前に、小学校の近くの高台に避難しようとしていたところに大津波が到達してしまったのである。
判決では、小走りで1分ほどで到着できる裏山に避難すれば全員無事だったはずで、避難する場所を間違えたことにも過失があると断言しているが、これも、後で考えればそういう選択もあったかもしれないと言うレベルのことだと思う。
なにせ大勢の小学生を引率して非難しなければならないのである。
私が教員だったら、避難先での管理のしやすさも大事な要素で、もし裏山に走って逃げた場合、避難先で子供たちを問題なく取りまとめると言うのは、非常に難しいと思うだろう。
実際に避難しようとしていた場所を見たわけではないので、裏山に比べてどうなのかは分からないが、常識的に考えて、大勢が飲み込まれて死んでしまうような大津波が来るとは想像していない教員たちが、生き延びることだけを最優先に考えて、とにかく生徒たちに裏山に走って逃げろとは言わないだろう。
だって、避難した先で子供たちが怪我をしたり、行方不明にでもなったら、それこそ自分たちの責任を追及されてしまう。
そう考えると、常日頃から、父兄たちが教員たちに要求していた管理を行うために忠実に行動した結果が悲劇を生んだともいえるのではないだろうか?
昨日、私がここで申し上げたのは、「国民や市民の命よりも法律を守ることが優先されるのが日本だ」ということだったが、この訴訟の背景にも、同じような構図が隠れているのではないかと考える。



人の命よりも、法律を守ることが優先される不思議な国、それが今の日本である。

堺市で4歳の子供の行方が分からなくなり、両親が児童手当の不正受給で逮捕された事件、行政が被疑者の自宅に踏み込めないがための事件で、何年も前から同じようなことが繰り返されている。
児童虐待も同じ構図で、児童相談所の所員が自宅訪問しても、親に子供との面会を拒否されると、すごすごと引き下がるしかない。
今回も、堺市の職員が何度も自宅を訪問したそうだが、その度に、逮捕された両親から面会を拒否され、半年過ぎて警察に相談して事件が明るみに出ている。
いくら日本が法治国家だとは言っても、法律を守ったために、幼児が連日虐待され死に至るような事件が起きたり、子供が殺害され遺棄されているにも拘らず、児童手当が払い続けられたりするのは、本末転倒である。
そういうことが起きないようにするのが法律であるべきで、法律が邪魔をするのであれば、それは例えば責任ある立場の人間の判断で、超法規的な手段が執行できるような仕組みがあるべきである。
この場合などは、例えば市長が許可すれば、市の職員が立ち入り調査を行えるようになっていれば、すぐに判別できた話である。
虐待などの場合は、死ななくてもよい命が救われるのだから、その効果は絶大である。
まぁ、そのようなことも決められないようでは、日本は先進国とはいえないだろう。
国防においてはもっと深刻で、世界中の国の軍隊では、やってはいけないことだけが決められている。
病院を攻撃してはいけないとか、降伏の態度を表明している敵を攻撃してはいけないとか、捕虜の扱いなど、人としてやってはいけないことだけが決められていて、それ以外の軍事的なことは全て現場の指揮官の判断に任されている。
ところが、70年以上に渡って平和ボケしてきた日本では、やっても良いことだけが決まっている。
即ち、条文に書かれていないことはやってはいけないのである。
戦時では、何が起こるか分からないし、とにかく臨機応変に対処しなければ自分たちの命も守れないし、いわんや、国民を守ることなどできるはずがない。
ところが今の日本の法律では、敵が発砲してこないと、こちらから発砲してはいけないのである。
専守防衛という大前提があり、先に攻撃してはいけないのである。
だから、敵が先に撃った玉が当たって死んでも、それは法律を守った正しい行動なのである。
日本以外の国では、このようなことを馬鹿というが、日本では褒められるのである。
死んで褒められたところで誰も喜ばないが、日本の自衛隊員は、このような信じられないような制約を背負っているのである。
だから、自衛隊員になりたいと思う若者がどんどん減っているのは当たり前で、防衛大学を卒業しても自衛隊に入らずに他の職業につく割合が年々高くなっている。
北朝鮮のミサイルにおいても同じで、99%日本に向けたミサイルが発射されそうだと分かっていても、発射される前に基地を攻撃することは許されておらず、発射されたミサイルを上空で撃ち落すことしかできない。
今の迎撃ミサイルの確率は8割程度と言われているので、北朝鮮が矢継ぎ早にミサイルを5発発射すると、平均で1発のミサイルが日本に着弾するのである。
この5発が核弾頭を積んでいた場合、日本の上空で撃ち落した場合は、大量の放射能を浴びた死の灰が降ってくる。
また、1発は日本の都市に着弾するわけで、この法律のせいで、その都市周辺が一瞬で焼け野原になってしまうのである。
それでも日本の政府は、世界に向かって、我が国は専守防衛に徹し先制攻撃をしなかった、と、誇らしく発表するのだろう。
それを見た世界中の人々が、日本人が本当の馬鹿であることを再認識するだろう。



野球馬鹿の張本を使い続けるTBSに「喝っ!」だ。

TBSの日曜朝のサンデーモーニングで、野球馬鹿の張本が、野球以外のスポーツに対して、スポーツ新聞を読みかじって仕入れた情報を基にコメントしているのを腹立たしく思っていた人は多いと思う。
私はこのブログを始めた頃に、当時、大沢親分と張本の「喝!」のコーナーをブログ上で批判したところ、何故か炎上したことがある。
普段のアクセス数の100倍以上のアクセスがあり、批判のコメントも多数いただいた。
世の中には暇な馬鹿がこんなに居るのかと、呆れ果ててしまった。
張本のような野球馬鹿でしかも76歳の老害老人を番組に起用している方が問題なのであって、張本なら必ず期待通りの問題発言をするはずである。
もう、20年以上、見ていないので今はどうなっているか知らないが、このスポーツコーナーがそもそも野球偏重で、当時は野球の話題で7割がたの時間が消費され、それ以外のスポーツは残りの時間に軽く紹介する程度で流してしまう感じだった。
この僅かな時間の中で、張本あたりが、野球以外のスポーツについて、本人はプロ根性でスポーツ新聞を隅から隅まで読んで、そこで仕入れた知識を基に、番組内でコメントしていたのだが、見ている視聴者側としては、「野球馬鹿のお前に何が分かるんだ!」という怒りしか残らない。
今回は、箱根駅伝の予選大会で連続出場が87回でストップしてしまった中央大学の陸上部に対して、「内紛があるそうだから」とコメントしたのである。
張本と中央大学の陸上部との間には全く関係が無く、張本自身が知りうることではないことは明白で、何かの記事に書かれていたのを読んだか、馴染みの記者から聞いたかだろうが、とにかく根拠の無い話である。
それをテレビというマスメディアで、上から目線でコメントするなど、ハッキリ言って気がふれているというしかない暴挙なのだが、そういう認識すら持てないほど、張本は馬鹿である。
だから謝罪もしないと平気で突っぱねている。
最初の話に戻るが、私に言わせれば、張本が悪いのではなく、こんな野球馬鹿を長年に渡って使い続けているTBSの制作陣が悪いのである。



先週の機動隊員の「土人」発言には驚いたが、もっと驚くべき事実を知った。

先週、沖縄で、住民運動をして居座っている方々を無理矢理移動させようとした機動隊員が、市民に向かって「土人」という差別用語を叫んだということがニュースで話題になっていた。
今時、「土人」という単語を使うこと自体も驚きだが、もっと驚くことがあった。
それは、今の若い連中が「土人」という言葉の意味を知らないということである。
あるテレビ局が、この問題に対する一般市民の反応を街頭でインタビューしていると、20代前半より若い世代の人達は、意味が分からなかった。
一般的に「土人」というと、原住民とか土着民といった意味だろうが、今の若い世代は「土人」と聞いてもピンと来ないようである。
だから、この言葉が差別用語だといわれても、それこそ意味が分からない。
中には、「土方」(どかた)と思った人が居たり、「土でできた人」ということで「土偶」や「埴輪」を連想した人もいた。
我々のような50代の世代の人間には予測もできないことである。
普通はアフリカなどで裸に近い格好で生活し、狩りをしているような原住民を連想するが、確かに、そういう部族をテレビなどで取り上げても「原住民」とは言うが、「土人」とは言わない。
事実上、既に日本語として「土人」というのは死語になりつつある言葉なのだろう。
我々世代が寿命を迎える頃には、広辞苑からも抹消されているかもしれない。


人権を無視したドラフト制度なんて、もう止めた方がよいのではないか?

昨日は、夕方以降、プロ野球のドラフト会議の報道で持ちきりだった。
まぁ、20年以上前なら、日本のプロスポーツ=プロ野球といわれるくらいメジャーで、大きなお金が動いていたし、ドラフト制度で戦力の均衡化を図らないと、一部の金持ち球団が強くなりすぎて野球そのものが面白くなくなるという危機感から、ドラフト制度は機能していたと思うが、今でも必要な制度なのか、少しは考えた方がよいのではないだろうか?
サッカーの世界ではドラフトという考え方は無い。
世界のサッカーの長い歴史の中でも、一度も行われていない。
常に市場原理に任せている。
毎年のように欧州の資金力のあるクラブは100億円を越える移籍金を払ってでも、欲しい選手を獲得している。
サッカーの世界では、世界中から選手を選べるので、自分のクラブの強化したいポジションについて、コストパフォーマンスに見合った選手を、世界中から選び出せばよいのである。
良く考えれば、ドラフト制度というのは、日本国内の小さな業界内で選手を取り合っているだけで、一般人の就職活動と似ていて、非常にせせこましい感じがする。
そもそも選手自身が自分の行きたい球団を選べないという理不尽な制度で、ただただ業界の安定を目指した制度で、人権問題といえなくも無い。
その点、サッカーの方は、市場の競争原理に任せているので、すごい選手には100億円以上の値が付く。
金持ちクラブが、世界中の一流選手ばかりを集めたからといって、必ずそのチームが一番強いかと言えばそうではないところも面白いところである。
確かに強いチームはできるが、一流選手ばかり20人集めても、先発出場できるのはその半分で、中には控え選手としてベンチ入りもできない選手が出てくる。
そうすると、先発以外の選手たちの不満がたまり、チームワークが乱れ、結果として勝てなくなってしまうという事例も枚挙に暇が無い。
野球の世界でも、4番バッターを9人揃えても勝てないと良く言われるように、サッカーでも野球でも、そのポジションや打順によって、役割が違うのである。
オランダなどは、知名度の無い有望な若手選手を雇い、数年かけて育成し、実力をつけた時点で巨額な金額で有名クラブに売って、運営資金を稼ぐということを継続的に行っている。
どの国にも、このような育成に力を入れているクラブはいっぱいあって、選手の市場を面白くしている。
今や野球は確実に経済規模が縮小に向かっていて、昔のように大金を払って新人選手を獲得しても、元が取れるかどうか分からない状態である。
ということは、裏を返せば、ドラフト制度など止めてしまって、市場原理に任せても、昔のような一極集中は起こらないと思う。
仮に集中したとしても、控えに回される選手たちは自ら希望して他のチームに移籍するだろうから、移籍のハードルさえ高くなければ、戦力の均衡化はより自然な形で行われるだろう。



舛添前馬鹿都知事の横領事件のお陰で、都民は数千億円の無駄遣いを防止できるだろう。

東京都の行政はどこまで腐っているのだろうか?
毎日、ニュースのトップは、築地市場の豊洲移転問題か、東京オリンピックの会場建設費削減のどちらかである。
どちらも東京都の行政のまずさが原因である。
いつもここで私が述べてきたように、いかに前職の舛添が無能だったが浮き彫りになる事例ばかりである。
こいつは、東大卒で、東大助教授時代に「朝まで生テレビ」に出演して有名になった学者で、実務者ではない。
しばらくしてタレントのようになってしまい、挙句の果ては参議院選挙に立候補して知名度だけで当選。
最後は厚生労働大臣になったが、就任当時、例の消えた年金問題で、その復旧をどうするかという問題が大問題になっていた時である。
ところが馬鹿な舛添は、大失態をやらかした厚生労働省の役人どもが作った作文をそのまま国会や記者会見で読み上げるだけで、事実を隠蔽し、できもしない約束をした。
何百万件もの記録が消えてなくなっていて、名前の入力間違いなどもいっぱいあって、どう考えても10年かけても復旧などできないにもかかわらず、2年で全てを復旧しますと宣言したのである。
2年後が来る前に民主党政権に代わったので、責任もとっていないし、10年近くたった今でも、恐らく復旧は終わっていない。
テレビの討論会で有名になった中途半端な学者というのが舛添の実態である。
この馬鹿が猪瀬という有能な都知事の後釜に座ったために、東京都の役人たちの緊張の糸が切れたのだろう。
何を提出しても、全て盲くら判で戻ってくるのだから、楽だっただろう。
馬鹿な都知事の間に、やりたい放題やった結果が、いまの豊洲問題とオリンピック問題である。
私の意見としては、豊洲問題は都の役人が正々堂々と説明しなかったことが問題であって、今の状態には全く問題は無いと考えている。
大きな建物の地下にはメンテナンスのために空間を確保するのは当たり前のことで、盛り土をしなくても、空間の床のところをコンクリートで固めておけば、何の問題も起きないはずである。
いまは、砂利がむき出しになっている部分もあるそうなので、決して褒められた状態とはいえないが、床を全てコンクリートで覆ってしまえば、今のまま市場として使えるだろう。
問題なのは、そのことを胸を張ってとの役人どもが説明せず、隠蔽したことを詫びるだけだったので、あたかも衛生上の問題が深刻で、もう一度建て替えでもしない限り築地からの移転はできないといったような悪い印象が都民に浸透してしまっていることである。
オリンピックの建設費については、むしろ都議会議員あたりの暗躍が裏でうごめていた結果かもしれない。
数十億円のはずが数百億円に膨れ上がっており、他の場所に変更しようといっただけで、百億円以上安くなったのである。
完全に人間の思惑が動いているに違いない。
これほど巨額の金が思惑で動くとなると、ケツの穴の小さい役人ではなく、都議会議員の利益誘導の結果だろう。
馬鹿な舛添都知事の頃に、都議会議員が自分たちの選挙区の業者に利益誘導を繰り返し、青天井に建設費が膨れ上がったのである。
総額が3兆円というから、開催都市としての立候補時の見積もりは何だったんだという話である。
実際の建設費とはかけ離れた額で応札している案件ばかりなので、他の場所に移るとなると、一銭の得も無くなるので、あわてて儲けを圧縮し、あっというまに百億円もディスカウントされるという仕組みである。
小池都知事になっていなければ、ずぶずぶの丸儲け状態で終わってしまっていたのだろう。
そういう意味では、数百万レベルの舛添の横領事件のお陰で、優秀な都知事が生まれ、数千億円規模のオリンピック投資が削減できそうなのだから、都民は舛添に感謝するべきだろう。


青森県黒石市の写真コンテスト、市長賞受賞が二転三転。

毎日呆れるニュースが飛び交っているが、青森の黒石市の写真コンテストの件も呆れ果てた話である。
黒石市の日本三大流し踊りである「黒石よされ」で、津軽手踊りをしていた女子を撮影した写真が、最高の市長賞に内定し、その旨家族にも連絡があったそうである。
ところが、この祭りの10日後に、この写真に映っていた13歳の女子が自殺したという事実を知り、市長が、「祭りの写真としてふさわしくない」という理由で、一転して内定を取り消したというのである。
これに憤慨した父親がマスコミの前で悔しさをコメントしたところ、市に対して抗議の電話が殺到し、慌てた市長がまたまた一転して市長賞を授与することにしたという、なんともいえないお粗末な話である。
この手の次元の低い事例を何度見てきたことか。
一般常識に欠けた校長や地方の首長がお粗末なことをしてマスコミで騒がれ、慌てて陳謝して問題を無かったことにしようとする。いかにも事なかれ主義の日本らしい悪習である。
やらかしてしまった本人が、本当に自分の判断のまずさを反省して前言を撤回するのならまだ救いがあるのだが、ほとんどの場合は、苦情や抗議が殺到したことに驚き、その騒ぎをおさめるために、マスコミの前で頭を下げているだけという場合がほとんどである。
私が女子の父親だったら、再度賞をくれるといわれても、「馬鹿にするな!」と怒鳴って、辞退するだろう。
当事者の父親が、黒石市長の撤回を受け入れるのか、辞退するのかは分からないが、普通の日本人なら、私と同じように意地でも固辞するだろう。



ヨドバシカメラのネット通販、発注から丸1日で商品が届いた。物流の革新は凄まじいものだ!

私は基本的にテレビの生放送は見ない。
必ず録画したものを見るようにしている。
理由は、CMをスキップして時間を短縮したいからである。
NHKはCMがないので生放送で見ることもある。
こういうスタイルなので、ほとんどの番組はBDレコーダーに録画したものを見ているので、レコーダーのリモコンに異常に負担がかかってしまう。
かなり以前から、いくつかのボタンがきかなくなっていたのだが、他の回避手段を駆使して使っていた。
ところが、いよいよ駄目なボタンが増えてしまい、諦めて新品を購入することにした。
値段が心配だったが、ちょうど3千円程度。
価格.comやアマゾンなど、いろんなところで同じような値段で販売されていたので、早速申し込もうとした時に、ヨドバシカメラのポイントが結構残っていることを思い出し、ヨドバシカメラの通販サイトも調べてみたところ、同じ値段で販売していたので、ヨドバシカメラで購入することにした。
購入といっても、貯まっているポイントを充当するだけなので、1円も支払うことなくゲットできた。
しかも、土曜日の午前中にネットで発注したところ、日曜日の午前中にものが届いた。
いつもアマゾンなどで、納品の速さに驚いているが、ヨドバシカメラも頑張っている。
ヨドバシカメラからは、日本郵便で届けられた。
そういえば、先日、花粉症の薬をシンガポールから個人輸入した時も、4,5日でものが届いてビックリした。
とにかく、この10年間で物流の革命は凄まじい。
普通の宅急便などは、一番時間がかかっていたセンターでの仕分け作業が機械化され、飛躍的に納期が短縮された。
最近では、魚のような生き物や野菜・果物などの生鮮食料品の輸送手段が研究・改善され、日本産の果物や魚が香港やシンガポールあたりまで鮮度を保った状態で輸送できるようになっている。
安部内閣が念仏のように言っている農産物の輸出も、このような物流の革命が進まないと実現できないのである。
それもかなりの改善が進んできていて、中国や東南アジア諸国は完全に輸出可能エリアになっている。
もうワンランクレベルアップできればインドや中東、そして、最終的にはアメリカや欧州にまで日本の生鮮食料品が送れるようになれば素晴らしいのだが、そのレベルに達するには、あと何年かかるのだろうか?



中国がついに有人宇宙船を打ち上げ、宇宙ステーションを建設するようになってしまった!

ついに中国が独自で有人宇宙船を打ち上げ、独自の宇宙ステーションを造るレベルまで来てしまった。
このことが、日本にとってどれほどの脅威になるのか、日本国民の中にどれだけの人が理解しているのかと考えると、鬱病になりそうである。
例えていえば、あなたに対して強い殺意を抱いている人物が、大型のドローンをあなたの家の上空に固定して、あなたの行動を全て見張っている状態と同じである。
そのドローンに武器を装着しておけば、いつでもあなたの家を上空から攻撃できるのである。
また、その人物は、これまでも自分の飼い犬を何匹も使って野良犬のように見せかけて、あなたの家の周辺を荒らしまわっていて、あなたの家庭菜園の作物なども平気で食い散らかしている。
そこまでされても大人しいあなたは、アメリカという警察に警備をお願いしているが、街中で事件が起きて手が回らなくなった警察は、あなたが期待するような警備や防御を行ってくれず、最近では自分達で解決しろと言い出している。
このままでは、その人物の嫌がらせや圧力に屈して、どこか別のところに移住しなければならなくなると危機感を募らせているのだが、家族の中で発言力の一番強い奥様は、暢気にワイドショーを見ているだけで、自分達家族がかなり危険な状態にいるという現実に全く気がついていない。
現在の、日本と中国とアメリカの関係を表現すると、上記のような状態なのだが、そこまで言っても「そんな馬鹿な、中国が日本を攻めてくるなんて有り得ないでしょ。」と考える国民がほとんどなのだろう。
そう考えると、本当に絶望的になって、鬱病になってしまいそうである。
かつてアメリカとソ連が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げたのは何故か?
宇宙空間を制した方が、軍事的に圧倒的優位に立てるからである。
この競争の中に中国というプレーヤーが参加してきたのである。
東シナ海や南シナ海での紛争における中国政府の公式見解を見ていれば分かることだが、基本的に、中国政府は、自分たちがやりたいことは必ず実現させる、それに対して批判する敵に対しては内政干渉だと突っぱねて、聞く耳を持たない。
現在の中国政府の最大の関心事は、どうやって13億人を超える国民の胃袋を満たすかということである。
その為の一番簡単な方法は、南シナ海や東シナ海を自分の領海にし、海産物を独り占めすることである。
その為には、台湾も日本もフィリピンもインドネシアもベトナムもタイも自分の国に取り込む必要がある。
中国政府の言い分は、これらの国々は数百年遡れば全て中国の領土だった、である。
真面目にそう思っている。
そんな無茶苦茶な国が有人宇宙船を打ち上げ、独自の宇宙ステーションを建設しようとしているのである。
これは、日本にとって、有史以来の最大の国家存続の危機といえるだろう。



領海侵犯と違法操業を繰り返す中国漁船に対して武力行使を韓国が宣言した。偉いぞ韓国!

中国漁船の他国の領海内での違法操業は激しさを増しているらしい。
被害に遭っているのは日本だけでなく、韓国や台湾、フィリピン、ベトナム、タイ、インドネシアなどほとんど全ての周辺国が被害に遭っている。
おそらく皆さんは、今でも毎日のように沖縄の近海まで中国漁船が大挙して押しかけ、違法操業でやりたい放題の状態だということをご存じないのではないだろうか?
なぜならば、ほとんどのマスコミが取り上げないからである。
自殺者が出ない限りいじめがニュースにならないように、もう日常茶飯事になってしまったので、ニュース性がなくなっているのである。
それほど毎日のように中国漁船が日本の領海内で違法操業を行っているのである。
馬鹿で能力のない政府と外務省の連中は、成す術もなく、中国の違法行為を放置している。
サンゴまでごっそり略奪されても何もしなかった連中である。
魚を獲られるくらいでは反応しないだろう。
ところが、中国漁船の漁方は、底引き網でごっそり取ってしまうやり方なので、この状態が2,3年続けば、確実に水産資源が枯渇するだろう。
既にサンマやサバがそうなっている。そのうちイワシも居なくなるかもしれない。
ある意味日本よりもまともな国である韓国は、昨日、中国漁船の違法操業に対しては武力を行使することを宣言した。
日本と違って気骨のある韓国の海上警察が、領海内で違法操業する中国漁船に体当たりするなど、警告措置を行ってきていて、その過程で既に殉職者も出ているらしい。
さすがに血の気の多い韓国国民である、死人まで出たとなれば政府も黙ってはいられないだろう。
日本が完全に放置しているので、日本国民は、自国の領海を許可なく侵犯した船に対する世界共通の作法を説明しておきたい。
領海内に入った瞬間に拿捕である。乗組員は全員逮捕。拿捕にあたり、静止命令に逆らって逃走しようとした船は撃沈である。これが世界の常識で、日本の漁船もロシアに何度も拿捕されている。
ちなみに、領空侵犯はもっと過激で、戦闘機同士の攻防になるので、見つけた時点で撃墜である。
最近では、半年ほど前に、ロシアの戦闘機が迷い込んでトルコの領空内に入ってしまい、ミサイルで撃墜されたのは記憶に新しいところだろう。
これに対して、大国ロシアはトルコに反撃していない。
なぜならば、領空侵犯=撃墜というのが世界の常識だからである。
トルコの領海内に迷い込んだロシアの戦闘機が一方的に悪いので、文句の言いようがないのである。
尖閣列島の周辺では、毎日のように中国戦闘機が日本の領空を侵犯しているが、これに対しても、自衛隊機が出動はしているものの何も対処していない。
これを諸外国がみるとどう映るかといえば、尖閣列島は日本が領土だと主張しているが、中国の船や飛行機が領海や領空を侵犯しても何も対処しないということは、日本自身が尖閣列島を自国の領土だと考えていない証拠だと思われるのである。
即ち、沖縄や小笠原列島など、欧米の知識人たちの目には、既に日本の領土ではなくなっているのである。
日本国民は全員そんな馬鹿なというだろうが、これが世界の常識で、自国の領土は自国が守るのが当たり前で、その為に軍隊を持っていて、領土・領海・領空が侵されたら、逡巡することなく攻撃するのが世界の常識である。
何もしなければ、自国の領土・領海・領空ではないと世界に向かって宣言するのと同じことになるのである。



昨夜もトヨタとスズキが業務提携! 来年の今頃は完全子会社化されているだろう。

つい先日、報道で使う「業務提携」と言う言葉の使い方が全く間違っているという話をしたばかりだが、またまた昨日、同じ事例が起こった。
トヨタとスズキの「業務提携」である。
自動運転技術などの開発を共同で行うという話だったが、皆さんもお分かりのように、世界一クルマを売っているトヨタとスズキが対等に開発をするはずもなく、早い話、スズキは自社開発を諦め、トヨタの傘下に下ったのである。
ダイハツは既にトヨタの完全子会社になっているし、軽自動車中心の弱小メーカーが生き残るためには、トヨタという大きな傘の下に入るのは賢明な選択だろう。
スズキは、かつて同じような狙いでフォルクスワーゲンと業務提携を進めていたが、例のフォルクスワーゲンの燃費偽装事件が発覚する直前に、提携関係を解消していた。
昨日の記者会見では、資本提携ということは今後考えるという話だったが、トヨタの社長の満面の笑みと、鈴木社長の渋い顔を見れば、事実上、近い将来、完全子会社化することを両社で合意済みなのだろう。
鈴木社長は、一瞬たりともニコリとはしなかった。
あの表情を見れば、戦に負けて捕らえられた一軍の将の顔で、生き恥を晒している事が耐えられないといった思いが滲み出た表情だと思った。
まぁ、Googleやトヨタなど、世界中の企業が自動運転早期実現のために、死に物狂いの開発競争を続けていくことは確実で、巨額の開発費を投入して、人海戦術でソフトの開発を行うだろうから、スズキのような弱小メーカーが太刀打ちできることではない。
鈴木社長としては忸怩たる思いがあるだろうが、客観的に判断すれば、非常にクレバーな判断だったと思う。
トヨタですら、自動運転の自社開発が遅れて、海外メーカーの後塵を拝するような事態になれば、メーカーとして存続できるかどうかも危ぶまれる可能性が高い。
そうならないためにも、トヨタとしては、技術者がいくら居ても足りないくらいだろう。
スズキが傘下に入ると、軽自動車の開発という意味では既にダイハツが居るので、同じような開発を行う舞台が複数居る必要は無いので、どちらか優秀な方が残り、そうでない方は軽自動車の開発以外の業務に付くことになる。
その時に、そのメンバーを自動運転の開発に回せればベストなのだが、そう上手くいかないのが世間である。
鈴木の参加で余る技術者は、エンジン系やボディーなどのメカ系の技術者がほとんどで、トヨタが本当に欲しいソフトの技術者などほとんど居ないだろう。
ひょっとすると、トヨタとしては、もうすぐ中国を抜き去って世界一の人口を抱えるインドのマーケットが欲しかっただけなのかもしれない。
もしそうだとしても、インドの成長するクルマの市場をスズキから譲り受けることができれば、トヨタとしては、スズキを買ってもお釣りが来るだろう。


昨日紹介した新垣結衣主演のドラマのエンディングに放映されるダンスが話題になっている。

昨日このブログで紹介した新垣結衣主演のドラマについて、エンディングに放映されるダンスが話題になっている。
最近、他のドラマでも、エンディングに主題歌に合わせて出演者たちがダンスを踊るパターンが増えている。
今回はゴールデンタイムで、しかもガッキー主演のドラマだったこともあって話題になったが、私としては、第2クールで放送されていた剛力彩芽主演の総理官邸を舞台にしたドラマで放映していたエンディングドラマのほうがインパクトがあった。
というのは、このドラマの中で、シリアスな役や意地悪な役を演じている脇役の役者たちが、エンディングになるといきなり満面の笑みで踊りだすのである。
大ベテランの男性俳優から若手の女優まで、主だった出演者が全員踊るのである。
ドラマの中で演じている役どころと、ダンス中の満面の笑みとのギャップがインパクトを与えている。
おまけに、こんなベテランも踊るのか?という驚きもプラスされていた。
ただ、このドラマは確か夜の11時過ぎから放送されていたので、世間の話題にはならなかったようである。



昨夜始まった新垣結衣主演のドラマが面白い!

私が好きな女優の一人に新垣結衣がいるが、昨夜から新しいドラマに出演しているので、早速録画して見てみた。
さすがガッキー、どんなストーリーのドラマでも、ガッキーが出演しているだけでキラキラしていた。
皆さんも、騙されたと思って是非見ていただきたい。
ストーリーは、文系の大学院卒の女性が就職に失敗し、派遣で働いていたのにクビになり、親の紹介で家事を代行するアルバイトを始めたところ、派遣された先の客の独身男と契約結婚するという話である。
主人公のガッキーの両親が突飛な親で、いきなり千葉の房総の田舎の古民家を買って移住すると言い出し、家事代行のアルバイトしかしていないガッキーは、自分で家賃を払って横浜に住むことができないので、自分から、派遣先の客の男に、家事をするので一緒に住みたいと提案したのである。
客の方は星野源が演じていて、無表情な草食系の独身男を演じているのだが、ガッキーの仕事の丁寧さや誠実さに惹かれていたところに、一緒に住みたいといわれたので、籍は入れないものの住民票は移し、毎日の家事に対して給料を払うという「事実婚」にしようということになり、一緒に住み始めることになったところで第一話が終わった。
恐らく、ドタバタのラブコメ的なドラマだろうが、ガッキーが出演しているので、内容はどうでもよい。
日本テレビで志田未来がドラマに出演しているし、まだ始まっていないが比嘉愛未も倉科カナも10月スタートのドラマに出演するので、この第3クールは、私にとって忙しい3ヶ月になりそうである。



「業務提携」という言葉に騙されるな! 実際は「提携」では無く、「敗北」や「売却」である。

最近の報道で非常に気に食わないのが、企業間の「業務提携」という表現である。
業務提携というのは、日本語の正しい意味としては、複数の企業などが、ほぼ対等の関係で、お互いの業務を補完しあうことを目的に提携関係を築き、一緒になって業務を分担し合いながら進めていくことを言う。
一言で言えば、対等の協力関係を結ぶことを言うのだが、最近では、吸収合併や事業の売却においても「業務提携」という表現を使っている。
これはマスコミが悪いというよりは、世間体を気にする企業側が曖昧模糊とした表現を使って、企業のイメージダウンを防ごうとしていることがほとんどの原因だが、マスコミ側も、企業の発表をそのまま流用するのではなく、国民に実態を正確に伝えるためにも、誤解の無い表現に変えて報道するべきである。
国民生活にとってどうでもよい芸能人の浮気や不倫などについては、「消費者の知る権利」という後ろ盾のもと、過剰な取材や、必要以上に細かい報道をするくせに、肝心な大企業同士の経営環境の変化については、企業の発信する情報をそのまま鵜呑みにしている。
ハッキリ言えば、とても報道とはいえないレベルの低さである。
先週でも、バイクに関してホンダとヤマハが「業務提携」するという発表があったが、実際はヤマハが白旗を揚げて自社生産を諦め、ホンダ製のバイクをヤマハブランドで売るという、いわゆるOEM供給を受けることになるのである。
正しい日本語で言えば、「ヤマハがバイクの製造販売に関して、ホンダとの競争に敗れ、自社生産をやめてホンダ製のバイクを仕入れて販売することになった。」のである。
これを「業務提携」と呼ぶのは間違いである。
ヤマハがホンダの傘下に下ったのである。
また、富士通がPC事業についてLenovoと「業務提携」するという発表もあったが、これもPC事業の身売りである。
PC事業は富士通の看板事業でもあったので、「身売り」というのは富士通のイメージダウンに繋がるので、「業務提携」という表現で誤魔化しているのである。
とっくの昔にIBMもPC事業をLenovoに売却しており、PCの生産台数という意味では、いまや台湾が世界トップで、中国のLenovoですら、PCのメインプレーヤーではなくなっているのである。
かなり前からPCの世界はコモデティー化が進み、どこでも誰でもPCを作ることができるようになってしまっていて、液晶テレビなどと同様に、儲かるのはCPUを作っているインテルと、基本ソフトを作っているメーカーだけで、それ以外のメーカはほとんど儲かっていないのである。
私の印象としては、富士通が最近まで、よくもPC事業を継続できたものだということである。
実際には事業の売却で、PC事業に携わっている社員達が、この先どうなるのかが非常に危惧される問題である。
このようなことを伝えるのが報道の努めであるはずなのだが、そういった本質的なことを伝えないのは、自ら自分の存在意義を否定していることに他ならない。


今年も日本人がノーベル賞を受賞したと喜んでいる場合ではない!

今年も日本人がノーベル賞を獲ったといって日本中で喜んでいるが、喜んでいて良い状態とは決して思えない。
というのは、日本人の受賞者は今年を含めて25名になったそうだが、アメリカは断トツで340人以上居るのである。
2位がイギリスで100人以上で、日本はフランスやスウェーデンやスイスにすら負けている。
フランスの半分以下である。
こんな状況で喜んでいられる方がどうかしている。
もっと基礎研究に資金を投資して、目先のことだけに目を奪われること無く、将来に繋がる研究も並行して進めていかなければ、ノーベル賞の受賞には繋がらない。
アメリカのモノマネだけで高度成長をしてきた昭和40年代を過ぎて、昭和50年代あたりから、日本でも基礎研究の大切さを実感し、その方面にも予算を配分するようにはなったと思う。
今から40年ほど前の頃のことで、その頃から研究を本格的に始めた方々が、この何年間かに渡り、ノーベル賞を受賞しているので、70代・80代の学者が多いはずである。
この後は、日本の家電メーカーが世界を席巻し、「Japan as No.1」という本が世界中で売れた。
我々日本人自身も、既にアメリカを凌駕したと勘違いし、日本のものづくりは世界一だと胡坐をかいてしまった。
その後、バブル崩壊とリーマンショックに伴うデフレ地獄で、大学も企業も真っ先に研究費を削減したはずで、バブル前に比べると、かなり予算は縮小しているはずである。
従って、この30年ほどは、基礎研究予算は減る一方で、研究者の数も減っただろうし、より良い研究環境を求めて海外に出て行った研究者も大勢居ただろう。
早い話、この30年間、日本でチマチマ研究を続けていた学者達は大したことの無い連中が多いということである。
となると、しばらくすると、日本人のノーベル賞受賞はピタッと止まり、中国人やインド人の受賞者がドンドン増えていくことになるだろう。
本当に日本のマスコミはバカとクズしか居ないので、上記のような本質を炙り出して国民に伝えるべきなのに、ずぶの素人と一緒になって、受賞を手放しで喜んでいる。
まぁ、政治家やマスコミのレベルは、その国の国民の文化レベルを映し出すといわれているので、結局、日本人はバカとクズが多いということなのだろう。



デパートが消えていくだけでなく、スーパーの経営も危機的状態にあるらしい。

昨日の夜、テレビ東京のWBSを見ていたら、驚くようなニュースがあった。
デパートがその存在意義を失い、毎年閉店ラッシュで数を減らしているのは知っていたが、スーパーも経営が危ないというのである。
その理由は、Amazonなどのネット販売&宅配ビジネスが大幅に成長している影響で、スーパーの売り上げが毎年減少しているというのである。
番組では、その対策に乗り出しているイオンの取り組みを紹介していた。
どこの店舗か忘れたが、紹介された店舗では、イートインコーナーを新設して、店内で販売している惣菜やお弁当などを、持ち帰って家で食べてもらうのではなく、買ったその場で食べてもらおうという作戦らしい。
実は私も今年の夏休みに四国の実家に帰省していた時、近くで一番大きいスーパーがイオンで、そこに買い物に行った際に、スイーツと珈琲をイートインコーナーで飲食したのである。
それほど広いエリアではなかったが、店舗そのものが広いので、狭いとはいえ、30席くらいのテーブル席があり、比較的ゆったりとしていた。
番組で紹介された店舗の店長がインタビューに答えていて、「昔は材料を買って帰って家で作って食べていた。最近では、出来上がったものを買って帰って家で食べるようになった。これからは、買ったその場で食べて帰っていただく。」と胸を張って話していた。
確かに、出来立ての温かい物を買っても、家に帰る頃には冷めてしまうのだから、暖かいうちにその場で食べるというのは合理的である。
ターゲットは独居老人や独身者だろうが、今後増えていく人種なので、狙いとしては間違っていないかもしれない。
それにしても、デパートを駆逐して成長産業かなと思っていたスーパーの業界も、ネット販売に押されて苦戦しているというのは、ある意味驚きだった。
解説者のコメントも面白くて、「日本人の胃袋を誰がつかむかという戦争だ。」ということだった。
「食」をめぐる競争は、今後も激しさを増すのだろう。


昨日の日本女子ゴルフオープン、アマチュアの女子高生が優勝しちゃった!

昨日、昼間用事が特に無かったこともあり、女子ゴルフのメージャー大会である「日本女子オープン」の最終日の中継を観てしまった。
最近私が女子ゴルフを見るのは、韓国のイ・ボミ見たさのみである。
最近少し綺麗な選手が増えてきた日本の女子ゴルフ界だが、その中でも群を抜いて美人である。
たどたどしい日本語が彼女の可愛さを更に引き立てていて、日本のオヤジどもはメロメロである。
特に、イ・ボミがミニのスコートをはいて美脚をあらわにしてラウンドしている時は必見である。
スカートの中には短パンのようなものをはいているのと同じ構造なので、何も期待できないのは分かっているのに、グリーン上でラインを読むために膝を曲げて中腰の姿勢をとるときには、テレビカメラが必ず正面から映すので、スコートの中が見えると「ドキッ」とするのである。
本当に男という生き物は馬鹿な生き物である。
残念ながら、そのイ・ボミは体調不良で棄権してしまったという話を最初に聞いたので、チャンネルを変えようとした瞬間、テレビに大写しになったのが堀琴音という選手で、結構可愛い選手だった。
まだ20歳の選手で、単独首位に立っていた。
しかも、アマチュアが優勝争いをしているということも、昨夜のニュースで知っていたので、しばらく見てみることにした。
ちょうど見始めた時が、堀琴音が12番ホールだったか、1m前後のパーパットをしようとしているところで、僅かに外してしまい、単独首位から首位タイに後退するところだった。
首位タイに並んだのが、まだ17歳のアマチュアである畑岡奈紗だった。
中継はこの2人の組を中心に放映していた。
堀琴音はティーショットなどは安定していて、次のホールでもナイスショットを続けていたが、何と、また1m弱の短いパーパットを外してしまい、2位に後退してしまった。
17歳の畑岡もボギーをたたいてしまい、首位タイのまま、一足先に畑岡が最終ホールで奇跡的なバーディーパットを決めて首位に立った。
数組後の堀も健闘したのだが、結局、バーディーを奪えずに1打及ばず優勝には手が届かなかった。
結果としては、中盤の2ホールで、連続して1m前後の短いパーパットを外してしまったことが原因で優勝を逃したのである。
さすがに悔しかったのだろう、最終ホールで最後のパットを決めた直後、溢れ出る悔し涙をこらえ切れなかったようである。
まだ20歳なので、まだまだチャンスはあるだろうが、メジャー大会優勝という逃がした魚はあまりにも大きかったといえるだろう。
試合後のインタビューでは、プロとしてアマチュアに負けるわけにはいかないというプレッシャーが有ったらしい。
プロのトーナメントの優勝最年少は宮里愛の20歳だったようで、いきなりの17歳優勝という凄い記録を樹立することになった。
しかもアマチュアということで、記録ずくめである。
4日間、キャディーとしてバッグを担いで一緒にラウンドしたのは母親だった。
奈紗という名前の由来は、アメリカのNASAで、人類が到達していないようなことを成し遂げる人になってほしいという、とてつもなく大きな夢を託した名前だというので、これには驚いた。
この試合で、前人未到のアマチュアでの日本メジャー大会の最年少優勝という大記録を打ち立てたのだから、両親の期待に応えたことになるだろう。
更には、昨日まで首位に立っていたのは15歳のアマチュアの女子高生だというので、この17歳の記録も、近い将来塗り替えられてしまう可能性は決して低くは無い。
まぁ、堀琴音の場合は美人ゴルファーとして明るい未来が約束されているだろうから、頑張って初優勝を目指してもらいたい。


最近のテレビはつまらない、デジタル放送にしたメリットが何も実感できない。

最近、ニュース番組のスポーツコーナーで、プロ野球選手の引退の話とか、監督交代の話とかが頻繁に取り上げられているが、Jリーグ発足以来一度もプロ野球の試合など観たことが無い私にとっては、全く関心が無いし、顔を見てもどこの誰だか全く分からない。
ここで何度も申し上げてきたように、日本のマスコミは、新聞もテレビもラジオも雑誌も、日本の最もポピュラーなスポーツが野球で、みんなが知りたがっていると勘違いしているようである。
少なくとも、30代以下の世代は確実にサッカーメインである。
40代がちょうど境界で、50代以上は野球がメインだろう。
子供が居ない方には実感が無いだろうが、かなり前から、小学生の世界でも、野球をやるたがる子供は非常に少なくて、サッカーをやりたがる子供が圧倒的に多い。
相模川の河川敷などでも、土日の様子を見ていると、サッカーはチームがいっぱい存在していて、練習試合を見に来る親なども大勢居て、ごった返しているが、野球の方は、2チーム揃うことが珍しく、試合は滅多にしていない。
シートノックのような練習を良くやっているが、子供は数名で、チームの人数に足りていない。
10年以上前からこの構図は変わっておらず、マスコミ連中の時代錯誤の甚だしさは、市場リサーチ不足以外の何物でもない事実である。
そこで思いついたのだが、今はデジタル放送の時代なので、スポーツコーナーなどは、例えば3分の枠があれば、野球専用のコンテンツ・サッカー専用のコンテンツ・相撲専用のコンテンツなどと、複数のコンテンツを放送局側が作成し、視聴者は、スポーツコーナーになったら、dボタンを押して、どのコンテンツを見るのか自由に選ぶという仕組みにしてほしい。
予め選んでおくことも可能にしておけば、見たくも無いプロ野球のクソ情報を見せられて嫌な思いをすることもなくなる。
昔、ドラマなどでも、ストーリーをいくつか用意しておいて、話の分岐点で、異なる分岐を選んだらその後のストーリーがどのように変化するかといった楽しみ方をするものも有ったと思うが、最近だと、ゲームの世界で女子向けの恋愛シミュレーションゲームなどでは、ユーザーが選択肢の中から何を選ぶかで、その後の展開が変わってくるように作られている。
まぁ、そこまで凝ったことをする必要は無くて、単純に、複数のコンテンツをデジタルデータに埋め込んで地デジ電波にのせて発信し、受信したテレビの方で、ユーザーのリモコン操作に従って、選ばれたコンテンツを画面に表示するという流れである。
そう考えると、ワイドショーなどでも、例えばベッキー関連の話題とそれ以外の話題を選べるようにするとか、芸能界の離婚・結婚・不倫などに特化したコンテンツと、それ以外に分けるとか、いろいろ展開が考えられそうである。
特に日本のマスコミは独自性がほとんど無いので、どのチャンネルも同じような内容を扱っていることが多く、視聴者の方がうんざりする事が多々ある。
唯一テレビ東京あたりが目先の違うものを放送しているが、それ以外は全部同じである。
国をあげてデジタル放送に切り替えたのだから、それに見合ったメリットを具現化してもらいたいものである。